退院しました(2)

緊急入院の翌日、病室にて処置。ドレンの挿入は手術ではなく処置だそうだ。

上半身裸になり、左を下にして横になる。若干うつ伏せ気味になる。

痛み止めの注射、針が入る時と薬液が入ってくる時が痛いが、すぐ痛みはなくなる。

背中でなんかガリガリしている。肋骨の間に何かをねじ込んでいるようだ。

数分で処置は完了。あっけなかったが、吸引器につないだホースからは赤ワインのような液体が流れ、あっという間にボトルが一杯になった。

ボトルを交換してもさらに赤黒い液体は出てくる。目盛りで1.7リットルまで出た。ボトルは1.8リットルで一杯なので、3.5リットル出た勘定になる。

こんなに出たのに、レントゲンでは、まだ右肺下部40%はまだ埋まっているそうだ。

翌朝、レントゲン直後、立った姿勢から車椅子に座ろうとかがんだら、ホースにまた流れ出てきた。その後も少しずつ出ては来るけど、40%には程遠い。

ドレンの入り口を掃除する。血がマヨネーズとかマーガリンのように固まって流れないらしい。これ以上ドレンを挿れておくと感染が怖いので、ドレンは抜くことになった。

土曜日の昼前にドレンを抜く。火曜日に挿入しているので、4日入っていたわけだ。その間に出た量は4リットルあまり。レントゲンではまだ40%の詰まりはそのままだ。

血は一旦固まった後、自然に再度溶けるそうで、この後は自然治癒を期待していた。

ホースが取れたので、日曜日にシャワーを久しぶりに浴びる。さっぱりしたのもつかの間、その夜、気胸発作と思われる痛みに襲われる。やはり発汗と吐き気、胸の痛みなど、前回に似ている。視界はゆがまなかった。

で、結局月曜日に再度ドレンを入れるが、あまり液体は出ない。0.5リットル。

右胸に詰まった血糊を排除する為に、胸に切れ目を入れ、肋骨の間から胸の中の血糊を掻き出すという手術をする事になった。手術は全身麻酔で行われる。

コロナ禍で弟を病棟に呼べないので、リモート(テレビ電話)で先生と私と弟で会談。手術の説明と同意書へのサイン。

2月10日(水)に手術。朝、寝間着のまま手術室へ。術衣に着替えて手術台に寝る。麻酔のガスを吸ったあたりで意識はなくなる。

次に気づいた時、意識はあるが、体は全く動かなかった。何人かに体のあちこちを触られている感覚がある。ジップ放送が流れているのが聞こえる。しばらくして、14時の時報が流れた。

呼吸器がつけられていて、息苦しいぎりぎりの感じがする。今、針をさされたりしたら痛いのだろうか?などと考えているうちに眠ったようだ。目を覚ますと看護師さんが覗いていた。

11日だそうだ。丸一日眠っていたらしい。呼吸器が外される時、咳き込むかと思ったが、何もなく、口の中に液体がたっぷり戻ってきたが、そのまま吸引で吸われて何事も無かったように、普通に呼吸が出来た。

夕食は半分残した。両足の痛みが強くなってきた。

バルーンが入っているので、小便の心配は無いが、便意を感じてきた。

12日の朝食後、車椅子に移ってトイレへ行こうとしたのだが、足が痛くて立てないどころか足を床につけただけで痛い。

数人がかりで車椅子に移動。トイレでも数人がかりで便座に座る。

この日は車椅子のまま、看護師さんの休憩室のテレビを観ながら過ごすが、足の痛みでテレビには集中できなかった。

夕方、集中治療室から一般病棟へ戻った。個室だった。トイレ移動用の車椅子を用意してもらう。まだ一人では移動できないので、大便の時はナースコールして移動を手伝ってもらう。

両足首が腫れている。体重をかけるととても痛い。右は左より少しましだった。やがて、右足だけで片足立ち出来るようになったが、左足はまだ体重の半分もかけられない。

整形の外来を受診することになった。17日の午後だった。超音波で腫れた部分を調べる。水腫の液体を注射器で抜くという。麻酔も何もなしで、針を左くるぶしの内側に突き刺された。

痛みは足に荷重をかけるのにくらべると痛くないが、時々脳天直撃の痛みが来る。看護師さんから妊婦の呼吸法のような方法を指示され、ヒッヒッフーをやって痛みに耐える。

注射器1本めは失敗。何も採れない。2本目、黒っぽい液体を少し採取できた。

採取した液体は検査にまわされ、診察は終了。後日、偽痛風だと判明した。足を床につくと、何本もの針に刺されるような痛み。注射針1本の痛みなど及ばない痛みではある。治療は・・・自然治癒?つまり、様子見となった。

血液検査では炎症の値が25くらいあって、それを先生は心配していた。足の炎症の影響もあったみたいだった。その値が10を切った頃には、バルーンも外れ、トイレには杖を使うが一人で通えるようになっていた。

体重は、入院初期は114.4kg。ドレンで3リットル抜けた後だから117kgはあったと思う。入院から3週間後の2月24日は108.4kg。杖でトイレへ行けるようになり大部屋へ移動。手術後のドレンも抜ける。さっそくシャワーでさっぱりした。

1週間後の3月3日。体重は103.0kg。炎症の数値も5となり、3月4日に退院となった。

手術後は足の痛みとの格闘がメインだったようだ。骨折部位他の痛みが無かったわけではないが、足の痛みが強烈すぎた。

退院時、肋骨の骨折部位はあまり痛みは感じなかった。腰も、布団の折れ目がたまたま当たると熱い感じを伴って痛かったくらい。右肩は、寝たまま右手で何かを取ろうとすると、肩の筋肉が吊ったように痛むようになっていた。

レントゲンでは、まだ右胸の半分近くが白く抜けているが、血糊は洗浄済なので、こびりついて採れなかった血糊が影になっているのだろう、と楽観視している。

もらったプリントでは真っ白だが、CTの画像だと右胸の下部には隙間や薄いところもあるそうだ。

退院時、血液検査のヘモグロビンは320。ひどい貧血状態で、鉄剤を朝夕の食事の時に飲んでいた。これは継続。およそ5リットルの血液を失っているらしく、そのせいで、まだ血が足りなくて貧血なんだそうだ。この値は、1週間後の通院時には380と改善していた。週に+60だから、今週中には500付近の正常値になるだろう。

退院して3週目。先週整形の受診には電車を使って歩いて行った。その翌日は保険関係の書類を簡易書留を指定されたので、郵便局まで、コミュニティバスを利用して歩いて行った。2日それぞれ3000歩ちょっと。

歩き疲れのせいか、土曜日から左足首が痛くなり、杖がないと歩けなくなる。日曜日は大雨で気圧が下がったせいか、痛み止めが効かないくらいに痛かった。この時は足だけでなく胸の中の手術の傷や骨折部位なども痛みが復活したようだ。胸は退院後に時々疼痛がある。肺が広がる痛みだと耐えているがどうだろう。

今日は月曜日、昨日の痛みは和らぎ、やれやれだ。左足首は少し腫れてたが、風呂の水圧と温度でだいぶ楽になった。痛みの質も、炎症というよりは疲れで膝下の筋肉や筋が痛んでいるような感じに変わった。同様に右足首も少し疲れによる痛みが出てきたが、杖での歩行に支障はない。

手術までは横になって寝られなかったので気づかなかったが、手術後に横になって寝るようになると、起き上がる時、背中の真ん中とその両脇の背筋が痛むことに気づいた。最初は骨折の痛みかと思っていたが、どうも背骨も衝撃をうけて痛めていたようだ。

入院中は、起き上がる時にボキボキ派手に鳴ってたが、今は少し落ち着いたようだ。整形の先生曰く、骨折同様、衝撃でゆるんだ筋とかも自然と元に戻るそうで、これも自然治癒まち。本当に大丈夫なのか?

腰のひび割れは、退院前のCTでもあまり変化が見えなかった。整形的には治療は必要無いそうで、ほんとうに良いのかと不安だ。将来ここからパキッと折れたりしないことを祈りたい。

手の擦過傷は、カサブタが取れたあとは、うすい皮膚のまま現在に至っている。炎症の数値が20以上あった頃は赤黒く見えてたが、炎症が10以下だとピンクに見える。ここのピンクが暗くなったら、炎症が再発という指標になるのでは?と思っているがどうだろう。

2ヶ月以上も寝たきりのような生活だったので、元の生活に戻れるのはいつになることやら。貧血が戻れば、飢餓状態と言われた身体の状態も改善するだろう。体重は101.1kgと下がる速度も減って来ているので、多分血は増えて来たのだと思う。減量も必要だが、今は体力回復第一かな。

整形の受診は4月26日。おそらく最後になるという話だった。外科は4月1日。血液検査とレントゲン。血気胸はある程度の回復で完治扱いになると聞いている。どうなるのかわからないけれど、交通事故なので治療費は保険会社もちなので、いつまでも通院というわけにはいかないのかも。

障害というわけではないけれど、ある程度の不具合が残るという診断で治療は完了になるのだろうか。どうなるのだろう。

退院しました(1)

いきなり「退院した」といわれても何事?と思うので、15日の通院後の話をまず。

経過観察となり、自宅で椅子生活を続ける。風呂は湯船で背中を丸めるのが怖くてシャワーで済ませる。発作の発端が、背中の曲げ伸ばしのような気がするので、背中はできるだけ動かさないようにしていた。

19日の受診で撮影したレントゲンでは、あまり変化が見られない。急性の血気胸だと肺にさらに血が溜まるが、変化がないので、このまま吸収される事を期待して、さらに自宅静養となった。次は2週間後の2月1日を予約。

何がかわるわけではないので、相変わらずの椅子ぐらし。背中も、少しくらいなら後ろに倒しても眠れるようになったので、少し楽になったが、細切れ睡眠であることには変わらない。

うつぶせ寝も可能になった。これで、いろんな姿勢がとれるようになり、体のコリがいくぶん楽になる。背中のおそらく肋骨骨折の痛みと、腰の痛み、これは熱いような感じの痛み、この2つが強い痛みで、もらった痛み止めは6時間の間隔で一日4回復用していた。

静養中に、左足の膝が痛くて歩けなくなる。松葉杖が必要だったが、数日で杖は必要なくなり、痛みは消えた。松葉杖は自前で持っていたものだ。

そうこうしているうちに、トイレまで10歩も歩かないのだが、だんだん息が続かなくなる。往復すると息が上がってしまう。風呂(シャワー)も、洗い場の椅子に座ることでなんとか済ませられたが、立ったままだと息が続かなくなっていた。この頃に「おかしい!」と思うべきだった。

2月1日に整形を受診。レントゲンでは、右肺の8割から9割は白く抜けていた。血気胸が進行して右肺はほとんど機能していないらしい。どうりで少し動くだけで息が上がるわけだ。

整形から外科へ。呼吸器外科。

血中の酸素濃度が90を切っていた。呼吸困難とも言える数値らしい。

この血中酸素濃度は、ヘモグロビンの赤色を光で照らして測定しているようだ。測定している指先が赤く光っている。ヘモグロビンの量まではわからないみたいで、この後、値が同じでも息苦しさが変わってくるのだ。

緊急入院となった。まず、PCR検査。処置室を検査室として、先生と看護師さんが二人、防護服を着てシールドをつけて検体採取。鼻に綿棒のようなものを深く差し込まれた。痛み止めを飲んでいるせいか、痛みは無かった。それにしても、数分前は診察室で、マスクなしで会話していたのに、検体採取はマニュアルに従ってであろう、防護策をとっての採取だったのは、なんかおかしかったが、コロナ禍の昨今、しかたないのだろう。

病室の準備が出来るまでの間に、採血や整形の受診を済ませる。

採血で腎臓機能の劣化が見つかる。これは事故前からだが、造影検査をすることになり、造影CT検査も受けた。CTで肩から腰まで撮影しているので、左の腎臓がしぼんでいて機能していないのも判明。片方の腎臓が機能していないのも、結石で尿路が長期間塞がれていた事があり、結石は取り除いたが、腎臓はその時からほとんど機能していなかった。結石の痛みを感じない体質なので、処置が大幅に遅れたのが原因らしい。

CTのデータの画像を見せてもらった。その時、腎臓も左はしぼんでいる様子が写っていると言われたが、素人目にはよくわからなかった。

夕方、入院準備が出来たので、入院。着替えとかタオルは検査中に弟が看護師さんから必要品を聞いて、自宅や売店で揃えて準備してくれた。

翌日、CTの画像から場所を選定して、ドレンを胸に差し込み、中に溜まった液を抜くそうだ。

入院してもベッドでは眠れないので、ベッドに腰掛け、床上台につっぷしてうつぶせ寝で眠る。ベッドの背は70度まで起き上がるが、すぐ痛くなるので眠れなかった。

(つづく)